私が皆さんに伝えたいヨガは、アサナを完成させることを目的としていません。

「ヨガとの出会い」

ヨガと出会って30年、アシュタンガヨガは14年続けてきました。今ではポピュラーなアシュタンガヨガですが、私はアシュタンガヨガの早朝マイソールというスタイルが、これからまさに日本に広まろうとするタイミングで始めました。アシュタンガヨガはチャレンジする楽しさがあり、アサナが完成すると次のアサナに挑戦するステージに進めるので、常に心が駆り立てられて励んでいました。

 

私は小学生の頃から、外から見られている「私」と自分で感じる「私」にどこかギャップを感じていました。それは、外から求められるものに応えることに懸命で、本当の自分らしさを押し殺して生きていたからでしょう。ですが、ヨガと出会ってからの私は、心の渇望を満たすような感覚を味わうことができるようになり、自分らしくのびのびと日々ヨガに没頭していました。

 

人よりも先に始めてアサナが進んでいた分、気づいたときには講師になっていました。そこから10年間、早朝マイソールの講師としてほぼ毎日指導に当たりました。


「ヨガによって浮き彫りになった課題」

順調にステージが進んでいたある日、苦手なアサナに直面したことがありました。そのアサナができないことで葛藤を感じて、試行錯誤で取り組みながらいろいろと考えました。

 

「この葛藤の正体って何だろう?」

「なぜアサナで葛藤しているんだろう?」

 

体を傷めたときにも同じような葛藤や焦りがありました。体の不具合と向き合いながら、どうやってヨガを実現したらいいのか。悩んだこともありました。

 

ヨガによるさまざまな葛藤と直面しながら考えているうちに、それは10代の頃から抱えていた葛藤とまったく同じであることに気づきました。ヨガで解放できていると思っていたら、まったく解消できていなかったのです。逆にヨガによって、まざまざと見せつけられてしまった感じがしました。より明確に浮き彫りになってしまったのです。そこから本気で自分自身を解放していく答えを求めていったとき、自分の可能性を閉ざしているのは、自分の思考や信念体系であることがわかりました。


「私が本当に伝えたいヨガ」

私は10年間続けていた早朝マイソールの講師を卒業し、次の勉強をスタートしました。ロンドンでカウンセリングコースを学び、インドで伝統的なプラナヤーマやヨーガ哲学、セラピーを学びました。アサナだけにとらわれることなく、もっと広い視点でヨガに取り組むことが必要だと強く感じたからです。

 

アサナを中心としただけのヨガをやっていると、アサナに自分の体をはめ込むだけになります。ヨガの目的はアサナを綺麗に完成させることでも、頑張ることでもありません。そのときの心や体の状態で、ヨガへの取り組み方は異なりますし、それは人それぞれまったく違います。

 

私が伝えたいヨガは、身体、感情、マインド、そして本質に語りかけるもの。本当の意味で自由で、自分らしさを再認識するためのヨガです。アサナの完成に執着していると、自分を解放させるはずが余計に苦しさを生み出してしまいます。

 

若さや身体能力だけでは乗り越えられない、克服できないことを経験したからこそ、そして、光も闇も知ったからこそ、私が本当に伝えたいヨガがここにあります。